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横浜地方裁判所 平成8年(ワ)1820号 判決 1999年6月22日

原告 滝本太郎

右訴訟代理人弁護士の表示別紙代理人目録記載のとおり。

被告 A野太郎

右訴訟代理人弁護士 B山松夫

被告 C川竹夫

被告 D原梅夫

右訴訟代理人弁護士 E田春夫

<他2名>

右訴訟復代理人弁護士 A田夏夫

被告 B野秋夫

右訴訟代理人弁護士 C山冬夫

<他1名>

被告 D川一郎

被告 E原二郎

主文

一1  被告A野太郎、被告C川竹夫、被告D原梅夫及び被告B野秋夫は、原告に対し、各自、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告D川一郎は、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払済みまで年五分の割合により金員を支払え。

3  被告E原二郎は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金二〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二請求原因

一  当事者

被告A野太郎(以下「被告A野」という。)、被告C川竹夫(以下「被告C川」という。)、被告D原梅夫(以下「被告D原」という。)、被告B野秋夫(以下「被告B野」という。)、被告D川一郎(以下「被告D川」という。)、被告E原二郎(以下「被告E原」という。)及び弁論分離前の相被告C田三郎(以下「C田」という。)は、いずれも弁論分離前の相被告A川四郎(以下「A川」という。)を主宰者とする宗教法人オウム真理教(以下「オウム真理教」または「教団」という。)の信者であり、三に述べる行為の当時、全財産をオウム真理教に寄進したいわゆる出家信者であった。オウム真理教は、平成七年一〇月三〇日東京地方裁判所の宗教法人法に基づく解散命令を受け、平成八年三月二八日に、同裁判所の破産宣告を受けた。オウム真理教では、A川に対する信者の絶対的な帰依・服従が要求され、また、信者には階級があり、階級が下の者は階級が上の者の指示に無批判に従うという上意下達の絶対的なシステムが形成されていた。

原告は、横浜弁護士会に所属する弁護士であり、妻と四人の子がいる。

二  原告のオウム真理教に対する活動

1  原告は、平成元年一一月一七日、「オウム真理教被害対策弁護団」(以下「弁護団」という。)に加入し、オウム真理教問題に関わり合うようになり、また、「オウム真理教被害者の会」の顧問弁護士にもなり、家族がオウム真理教に入信した者の相談活動などを行うようになった。

2  原告は、平成二年五月に、弁護団の山梨県西八代郡上九一色村(以下「上九一色村」という。)の担当となり、オウム真理教が同村の富士ヶ嶺地区に進出してきたことについて住民から相談を受け、平成二年五月二七日に同地区に調査と相談に赴いた。原告が、同地区のオウム真理教農園予定地で廃液の状況等の写真撮影を行っていたところ、オウム真理教の信者らに取り囲まれ、カメラフィルムを奪取された。

原告は、オウム真理教を被告として、カメラフィルムの返還と慰謝料の支払いを求めて提訴し、カメラフィルムについては、任意に返還を受けた上で平成五年六月三〇日に横浜地方裁判所でオウム真理教に慰謝料一〇万円の支払を命ずる勝訴判決を得、この判決は平成六年七月、最高裁判所において確定した。

原告は、その後も上九一色村の村民の代理人としてオウム真理教に対する建築工事続行禁止仮処分事件等の民事訴訟・紛争を担当していた。

3  原告は、平成五年七月ころから、オウム真理教の出家しようとしている信者に対して、信者の家族などと共に、出家をあきらめさせたりオウム真理教から脱会させるために説得する活動であるカウンセリング活動を行うようになった。原告は平成七年三月二二日までの間に三〇人を超える出家信者らと話し合い、その多くがオウム真理教を脱会するという成果を得ていた。その過程において、原告は、A川が自らの超能力を示すために行っていたとされる「空中浮揚」が超能力によるものでないことを実証するために自ら「空中浮揚」を行い、その様子を写真に撮影してカウンセリングの際に用いるなどしていた。しかし、信者に対するカウンセリングに失敗し、信者が再びオウム真理教に戻ってしまうこともあり、そのような信者からの情報などにより、オウム真理教は、原告が直接に信者の脱会を説得する直截的な反オウム真理教の活動を行っていることを知った。

三  被告らの不法行為

1  甲府地方裁判所(以下「甲府地裁」という。)でのサリンを用いた事件(以下「サリン事件」という。)について

(一) A川は、被告D原などから、原告のオウム真理教に対する前記活動について報告を受け、原告に不快の念を抱き、また、原告の前記活動が教団活動にとって大きな障害となることからこれを取り除く必要があるとして、遅くとも平成六年五月七日までに、原告の殺害を決意した。

(二) 同日ころ、A川は、上九一色村の教団施設「第六サティアン」に被告D原、被告C川及び被告A野を呼んだ。A川は、被告D原から、同月九日午後一時一五分に甲府地裁において行われる損害賠償請求訴訟に出廷するとの報告を受けた。A川は、「滝本の車に魔法を撤け」ないしは「滝本弁護士に魔法使いを使う」と述べ、原告の車にサリンをかけて、これを原告に吸入させ、原告を殺害することを指示して原告の殺害を命じ、被告D原、被告C川及び被告A野はいずれもこれを了承した。また、同月八日夜、A川は、被告B野に対し、原告殺害に加担するように命じ、被告B野はこれを了承した。被告A野は、誰かがサリン中毒になったときの治療に関して不安があったため被告E原に対し、同月九日午後二時に甲府南インターで待っていてほしい旨依頼した。

(三) 同日午後零時過ぎころ、被告C川、被告A野、実行者であるB原花子(以下「B原」という。)は自動車で甲府地裁裏側の駐車場に入り、被告D原及び被告B野は別の自動車で甲府地裁表側の駐車場に入った。被告D原及び被告B野は既に原告の自動車(相模《番号省略》、三菱ギャラン。以下「原告車両」という。)が駐車してあるのを確認し、被告D原はその旨を被告C川に連絡し、被告B野に対し、被告C川に原告車両の所在地を教えるように指示し、被告B野は被告C川に原告車両の所在地を教えた。

被告C川と被告A野はB原にサリンの入った遠沈管を渡し、車にかけるように指示し、B原は、午後一時一五分ころ、原告車両の運転席側のフロントウインドーアンダーパネル部分の溝に遠沈管に入ったサリン約三〇ミリリットルを流し入んだ。

(四) その後、被告C川は被告E原と待ち合わせていた甲府南インターに向かったが被告E原と会うことができなかった。同日午後三時ころ、被告C川、被告D原、被告A野はA川に対し、犯行状況の報告をした。その後、右三名には、ラーメンがふるまわれ、さらにB原も呼ばれ、ラーメンがふるまわれた。A川は笑顔でB原をほめていた。

(五) 原告は、午後一時三〇分ころ、駐車していた原告車両に乗り込み出発した。午後六時ころ、原告は、気化して原告車両の車内に流入したサリンを吸入するなどしたため、サリン中毒による縮瞳等の症状が現れ、視覚の異常を感じたが、右症状は翌日には消失した。

2  VXガスを用いた事件(以下「VX事件」という。)について

(一) 右一の原告殺害計画に失敗したA川は、VXガスによる原告殺害を計画し、そのことについて、C田、被告C川、被告A野及び被告D川と共謀した。

(二) A川は、平成六年九月上旬ころ、教団施設の第六サティアンにおいて、被告C川及びC田を呼びだし、そのころ既にA川の指示の下オウム真理教幹部D野四郎(以下「D野」という。)が生成保管していたVXを、原告の使用する車両に塗布して、VXガス中毒により原告を殺害することを指示し、被告C川及びC田はこれを承諾した。さらに、被告C川は、被告A野に対し右殺害計画に加わるように求め、被告A野はそれを承諾した。

そのころ、被告C川は、オウム真理教の施設においてD野からVXガス溶液を受けとり、遠沈管に移し替え、被告C川、被告A野及びC田が自動車で神奈川県大和市内の原告自宅駐車場に向かった。原告自宅駐車場において、被告C川とC田が原告車両に近づき、被告C川が原告車両の運転席ドアの取っ手部分にポマードに混ぜたVXガス溶液を塗りつけた。

原告は、右塗布行為の後も原告車両を使用していたが、運転用手袋をした手でドアを操作していた等の理由で、VXガスの影響を受けることはなかった。

(三) A川は、右(二)の事件が失敗したとの報告を聞いた後も原告殺害襲撃を企てていた。平成六年一〇月中旬ころ、A川の意向を受けて被告A野、被告D川の両名が原告に対するVXを用いた襲撃に出発する旨を告げるとA川は、「そうか。わかった。しっかりやって来い。」などと言い、簡単な指示を与えた。

被告A野及び被告D川は信者のE山五郎(以下「E山」という。)と三人でVXガス溶液を持って原告宅に赴いたが、そのころ、原告宅は、神奈川県警の二四時間警備の対象となっており、右三名もこの警備に気づいて襲撃をあきらめたため、実行行為は行なわれなかった。

3  ボツリヌス菌を用いた事件(以下「ボツリヌス事件」という。)について

(一) 平成六年一〇月下旬ころ、A川は、被告D原及び被告E原が同席する中で被告C川との間で、原告にボツリヌス菌を大量に飲ませて襲撃することを話し合った。同年一一月三日の夜、被告E原、被告D原、A山六郎(以下「A山」という。)及びB原が集まり、被告D原は、B原に対し、翌日にある原告らとの話し合いの席で皆にジュースを出し、その一つのコップに薬を入れて弁護士に出すように指示し、B原はこれを了承した。

(二) 同月四日、B原とA山は富士宮市内の旅館に向かったが、その途中で、被告C川から、小さい円筒形の容器を渡され、被告C川は、B原に対し、右の容器に入った液体をコップに入れる手順を教えた。

(三) 富士宮市内の旅館で、B原は、コップ四個とお盆を畳の上に置き、薬入りの容器のキャップをはずし、お盆の花柄の位置に置いたコップに二滴ほど垂らした後、お盆の上にジュースを乗せ、A山から指示された部屋に持っていった。部屋には、原告、被告D原、被告E原など、あわせて六人おり、被告E原は、そのうちの一人に対し、仕草により弁護士であるとB原に教えた。B原は、四個のコップにジュースを入れ、お盆の花柄の上のコップを原告に出してから順に他の人に出した。

(四) 原告は、右コップ入りのジュースを飲んだが、健康への影響はなかった。

同月六日ころ、A川は被告D川に指示して、原告に対する襲撃が成功したか否かを調べさせた。

4  サリン及びVXは、いわゆる神経剤であり、化学兵器である。それらに暴露すると瞳孔の縮小や鼻水が出るなどの症状が現れ、暴露の程度により、呼吸不全などにより死亡する。また、ボツリヌス菌は菌自体には病原性はないものの中枢神経系の障害などをひき起こす強力な菌体外毒素を産出し、その毒素により人を死に至らしめることがある。

四  被告らの責任

右に述べた被告らによる不法行為は、A川の指示の下、被告らが直接またはA川を介して共謀して原告を殺害しようとしたものであるから、被告らは原告に生じた全損害を賠償する責任がある。

五  原告の損害

1  原告は、サリン事件により、目の前が暗くなるという被害を受けた。平成六年五月九日午後六時ころ、中央自動車道の相模湖インターチェンジの料金所を出た直後、原告は、目の前が暗くなるという症状を感じ、その後、不安を感じつつ、フロントガラスに顔を近づけて、自宅まで車を運転して帰った。原告は、右症状についてくも膜下出血の前兆ではないかと考え、同月一一日、脳の検査を受けている。

また、このころから平成六年中、原告は原告車両に乗ると水様の鼻水が大量に出るようになった。

2  平成六年九月ころのVXによる襲撃のころ、原告が運転用の革手袋で原告車両のドアの取っ手をさわったところ、その手袋が油様のもので汚れたことがあり、原告は、この手袋を捨てた。このこともあってか、原告には、VXによる症状として明確に指摘できるものはなかったが、原告に対し、化学兵器であるVXによる襲撃があったことを知り、原告は遡って恐怖感を感じた。

3  また、平成六年一一月四日に、ボツリヌス菌入りのジュースを飲まされたときも、後になって、そのことを知り、恐怖感を覚えた。

4  平成六年ころ、原告は、オウム真理教のひき起こしたと思われる異常な事件を知り、自分が襲われるかもしれないという恐怖を味わい始め、そのような状態で甲府地裁でのサリンによる襲撃を受け、その後もオウム真理教の信者のものと思われる自動車が原告宅の周辺で発見されるなどのことがあり、その精神的苦痛は大きかった。

5  さらに、原告は、家族や自己の法律事務所の事務員に対し、攻撃が及ぶことを恐れ、家族を他に避難させて自分と合わないようにしたり、法律事務所を一時閉鎖したりした。

6  原告自身も、自己を防衛するために、単独で屋外に出ないようにするなど各種の防禦を行い、これらにより精神的苦痛を覚えた。また、原告の自宅には、警察官による警備がなされ、原告宅の近隣や原告の依頼者にも迷惑をかけることになり、同時に原告に対する精神的苦痛を与えた。

7  原告は、被告らによる襲撃により、原告車両等を警察に提出するなどし、また、刑事法廷に何度も出廷するなど多くの財産的精神的被害を受けた。

8  右のような原告の精神的苦痛は金銭に換算しても二〇〇〇万円を下ることはない。

六  よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自金二〇〇〇万円及びこれに対する最終の不法行為日である平成六年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

第三請求原因に対する答弁

(被告A野)

被告A野及びその訴訟代理人は、いずれも口頭弁論期日に一度も出席しないが、第一回の口頭弁論期日以降に提出された答弁書の記載によれば、原告の請求を争っているものと認められる。

(被告C川)

争う。

(被告D原)

一  請求原因一記載の事実は、オウム真理教においては、A川に対する絶対的な服従が要求された点及び絶対的な上意下達のシステムがあったことを除き認める。

二  請求原因二記載の事実については、2のうちフィルム返還と慰謝料を求める損害賠償請求訴訟の提起及びその結果については認め、その余は不知。

三  請求原因三記載の事実のうち、被告ら及びA川が、原告を殺害しようと企てたことを否認する。被告D原自身がそのような認識を有していなかっただけでなく、A川からもそのようなことを聞いたことはなかった。A川が被告D原に言ったのは、原告の性格を改善してあげたいということだけである。

また、請求原因三1(二)についてA川が平成六年五月九日に甲府地裁で行われる口頭弁論に原告が出席することを知ったこと及びA川が「滝本弁護士に魔法を使う」という趣旨の発言をしたことは認め、同(三)のうち被告B野が被告C川に原告車両の駐車位置を教えたことまではおおむね認める。

本件は、被告D原のみならずA川も原告を殺害する意思を有しておらず、被告B野に対するマハー・ムドラーとして行われたものである。仮に、被告D原が原告殺害の意思を有していたなら、本件の計画にもっと真剣に関わるはずであるにもかかわらず、被告D原にはそのような形跡は見られない。これは、被告D原が本件において重大な結果を発生するとは思っていなかった。すなわち原告に対する殺意を有していなかったからである。また、被告D原は、原告に対し、サリンを用いることの認識がなかった。

実際に原告に生じた目の前が暗くなるなどの症状は軽度のものであり、B原が垂らしたサリンによるものかどうかも不明である。

また、請求原因三3(一)について平成六年一一月三日夜に被告D原、被告E原、A山、B原が集まって話し合ったこと及びその内容ならびに同(三)について原告や被告D原らがいた部屋における事実はおおむね認める。

その余はすべて不知ないし争う。なお、請求原因三2の記載の行為については、被告D原は全く関与していないし、そこで用いられたVXは殺傷能力のないものと思われ、行為の態様から見ても殺人の実行行為として評価できないものである。また、同3記載の行為については、毒性があるのは、ボツリヌス菌が生成するトキシンであり、ボツリヌス菌そのものをジュースに混ぜても中毒を起こさない。被告D原は、A川から、本件は被告E原やA川を試すための修行(マハー・ムドラー)に過ぎず、危険な結果は出ないと聞いていたし、当日の行動からも被告D原は本件は危険な結果が出ないことを知っていたのであり、D原には殺人の故意がなく、また、本件は殺人の実行行為ともいえないものであった。

四  請求原因四、五記載の事実は争う。被告が負う責任は客観的に相当因果関係の存する損害に限定されるべきであるし、また、教団の責任と各被告の責任は異なり、各被告の認識や行為を超えた広範な責任を負担すべきではない。

(被告B野)

一  請求原因一記載の事実のうち、オウム真理教の法人としての推移及び被告B野が出家信者であったことは認め、その余は知らない。

二  請求原因二記載の事実は知らない。

三  請求原因三1記載の事実のうち、被告B野が原告殺害の共謀に加わったことは否認する。平成六年五月八日ころに、A川から、被告B野に対し、原告に「魔法」を使うという趣旨の話があったことは認めるが、当時被告B野は「魔法」とはLSDのことであると思っていた。同月九日に被告B野が被告D原を乗せて甲府地裁に向かい、同裁判所において、被告B野が原告車両の場所を確認して被告C川に教えたことは認め、その余は知らない。同2ないし4の事実は知らない。

被告B野は、原告殺害の謀議に加わったことはないし、実際に関与したのも甲府地裁での事件の一部に過ぎない。したがって、被告B野は、少なくとも甲府地裁の事件以外については、不法行為責任を負わない。

四  請求原因四記載の事実のうち、被告B野が原告殺害の共謀に加わったことは否認する。その余は知らない。

五  請求原因五記載の事実は知らない。

(被告D川)

被告D川が行った行為は、A川から原告の車にVXを付けてくるように指示され、原告宅に向かったが、実行はしなかったことのみである。その後、原告宅周辺をうろついたことはない。

(被告E原)

一  請求原因一の事実のうち、オウム真理教及び被告らに関する記載は、おおむね認めるが、原告に関する記載は知らない。

二  請求原因二記載の事実は知らない。

三  請求原因三記載の事実のうち、オウム真理教又は被告E原以外の他の被告らが原告の殺害を謀ったかどうかは知らない。仮にそうだとしても、被告E原は関わっていない。被告E原は、平成六年ころ被告D原やA山と共に原告に会ったことはある。なお、被告E原はボツリヌス菌については、被告C川から聞いていたが、被告C川らは、ボツリヌス菌は、人の腸内では発育増殖できないことから人体に影響を及ぼす毒素を産出することができず、ボツリヌス菌を飲用しても人体には影響がないことを知りつつA川の指示により原告にボツリヌス菌入りのジュースを飲ませたものであり、被告C川らはボツリヌス菌入りジュースにより原告を殺害する意思はなかった。請求原因三記載のその余の事実は不知もしくは否認する。

四  請求原因四及び五記載の事実は争う。

理由

第一後掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

一  請求原因一について

《証拠省略》によれば、請求原因一記載の事実が認められる。

二  請求原因二について

《証拠省略》によれば、請求原因二記載の事実が認められる。

三  請求原因三について

1  サリン事件について

(一) A川は、原告がオウム真理教からの信者の脱退運動などオウム真理教に対立する行動を行っていたことを知り、原告に対し敵意を抱き、平成六年五月七日ころまでに原告を殺害しようと決意した。

(二) 平成六年五月七日ころの夜、上九一色村の教団施設第六サティアン一階の「尊師の部屋」と呼ばれていた部屋に、A川、被告D原、被告C川、被告A野及び被告D川が集まった。その場で、A川が毒ガスであるサリンを意味する「魔法」という言葉を使い「滝本の車に魔法を撤け」ないしは「滝本弁護士に魔法使いを使う」と述べ、また、殺害することを意味する「ポア」という言葉を使い「滝本弁護士をポアする」と述べ、滝本弁護士を殺害する計画を明らかにした。それと相前後して、A川が被告D原に対して原告の裁判所出廷日等を尋ね、被告D原は五月九日の午後一時一五分に甲府地裁に出廷することを答えたところ、A川は、右日時ころに甲府地裁で原告にサリンを吸入させ、原告を殺害することを指示し、被告D原、被告C川及び被告A野はそれを了承した。方法については、原告がいつも裁判所に自動車で来ることから、自動車のボンネットにサリンを振りかけ空気取り入れ口から車内に流入させる方法が提案された。A川は、被告C川及び被告A野に対し、アンモニア水を用いて右方法の可否、具体的な方法について実験すること、甲府地裁の下見をすることを指示した。

(三) 同月八日ころ、被告D原は、被告C川に、原告の車が相模ナンバーの三菱ギャランであることを教え、オウム真理教の信者のA原の車が同じギャランであったことから、被告C川及び被告A野は、A原の車を使用してアンモニア水を用いた実験をすることにした。同日の午前中、被告A野がアンモニア水を用意し、被告C川及び被告A野はA原の車に乗って人通りの少ない道に行き、アンモニア水をボンネットの先端付近に垂らして少し走行したが、車内でアンモニア臭がしなかったので、次にワイパーの付け根付近に垂らして走行したところ、車内にアンモニア臭が漂ってきたため、その付近に垂らせばよいということがわかり、実験を終了した。被告C川及び被告A野はA川に右実験結果を報告し、A川は、原告の車のワイパーの付け根付近にサリンを垂らすように指示した。

その後、被告C川及び被告A野は、車で甲府地裁に向かい、甲府地裁の近くの駐車場に車を止めて、徒歩で甲府地裁の周囲や駐車場で下見した。当日は休日だったので構内に入ることはなかった。

一方、同日、被告D原は、東京都内にいた被告B野に対し電話をして、大事な仕事があるから上九一色村に来るように指示した。B野が第六サティアンの尊師の部屋に行くと、A川、被告D原、被告C川、被告A野がおり、A川は、被告B野に対し、原告に魔法を使うとか原告をポアするとか言って、原告殺害の計画を伝え、被告D原の運転手をするように指示した。また、A川は、B原に原告の車にサリンを垂らす役目を行わせること、その際B原を変装させることやその変装の手伝いに信者のB川松子(以下「B川」という。)を使うこと、B原にサリンを垂らす練習をさせること、不自然と思われない車を用意して甲府地裁に行くことなどを指示した。そのころ、A川はB原を呼び、「君に頼みたい仕事がある」と言って、実行者となることを指示し、B原はそれを承諾した。その後、被告D原、被告C川、被告A野及び被告B野は、犯行についての細かい打ち合わせをした。最終的に、被告B野が被告D原を乗せた車を運転し、被告C川と被告A野がB原を車に乗せて出発し、被告D原の車と被告C川の車が途中で合流し、甲府地裁に着いた後、被告D原の車は表側の駐車場に、被告C川の車は裏側の駐車場に止め、被告B野が原告の車の駐車場所を確認して被告C川らに知らせ、その後B原が原告の車にサリンをかけるということが確認された。

その後、A野はサリンの予防薬のメスチノンやサリンの治療薬であるPAMを用意し、また、平成六年二月ころに生成したサリンをテフロン製の容量四六ミリリットルの遠沈管三本に詰め替えたり、犯行に関わった者たちが全員サリン中毒になったときに備えて、被告E原にサリンの実験をする旨を伝えて同月九日の午後二時ころ甲府南インターチェンジに来てもらうように電話で頼んだりした。また、被告C川は、同日の未明、B原とB川を呼び、教団の富士山総本部に行って、同所に保管されている変装用の衣服等を見つくろい、B原に変装をさせるように指示した。B川とB原は信者のC原七郎(以下「C原」という。)の運転する車で富士山総本部に行き、倉庫からB原が二〇代後半から三〇代前半に見えるような紺色のスーツ等を何着か選び、C川の使用していた教団施設である上九一色村のCMI棟に戻り、そこで実際にスーツ等を身につけ、被告C川に見てもらった後、元の服に着替えた。その後B川は、自分の化粧道具や帽子をB原のところに持っていき、B原は化粧をした。

そして、CMI棟の外で、被告A野と被告C川は、被告C川が乗っていく予定の自動車を利用して、B原に実行方法の練習をさせた。その方法は、ポリプロピレン製の試験管に水を入れたものを用意し、被告A野が、自分で試験管を持った右手をまっすぐに伸ばし、顔をそむけて、車のワイパーの付け根のあたりに試験管の中の水を垂らす動作をして見せ、自分の車を確認するふりをしながら被告A野自身がやって見せた動作のようにして息を止めて手に付かないように垂らすことを指示し、実際にB原にその動作をさせたというものである。

午前九時三〇分ころ、被告C川は、車に被告A野とB原を乗せ、C原が運転し、B川が同乗する車とともにCMI棟を出発し、河口湖ショッピングセンター(通称ヤオハン、以下「ヤオハン」という。)に向かった。ヤオハンで、B川は、サングラスと白手袋を買い、B原は、用意してあったスーツ等の変装用の服に着替えた。C原とB川は、そこで被告C川らと別れて上九一色村に戻った。他方、被告C川の運転する車は甲府に向かい、途中の道路上で被告B野が運転し、被告D原が同乗した自動車と落ち合い最終的な打ち合わせをした。被告C川と被告A野が被告D原の車に乗り込み、裁判の開始時刻が一時一五分であること、今回の裁判は五分程度で終わること、被告C川の車が裁判所裏側の駐車場に、被告D原の車が裁判所表側の駐車場に駐車すること、原告の車が相模ナンバーのギャランであること、被告B野が原告の車を確認して被告C川らに知らせること、被告B野がB原の先に立って原告の車を指さして教えること、B原が午後一時一五分に被告C川の車から出て、裁判所の裏から表側に歩いていって原告車両にサリンを垂らすこと等を打ち合わせた。その後、被告C川らと被告D原らは、犯行後の待ち合わせ場所を決めた上で別々に甲府地裁に向かった。

(四) 午後零時ころ、被告C川の運転する車は甲府地裁に到着し、裏側の駐車場に駐車した。また、被告B野の運転する車は表側の駐車場に駐車した。他方、原告は車を運転して甲府地裁に向かい、甲府地裁の表側の駐車場に駐車し、近くにある小笠原忠彦弁護士の事務所で、その日行われる口頭弁論の打ち合わせを始めた。被告D原は、自車の後方に駐車していた原告車両に気が付き、「あの車じゃない」と被告B野に言い、被告B野は、車から降りてその車を見に行ったところ、原告車両のナンバーとして教えられていたナンバーに間違いがなかったため、被告B野は車に戻って被告D原にその旨を報告した。被告D原は裁判所の中を通って裁判の予定を調べるふりをしながら被告C川らに原告車両の位置を教えることを指示し、被告B野は、甲府地裁の建物の中を通り、途中裁判の予定を聞く場所がわからずに迷いながら事務室で裁判の予定を聞き、そのまま裏側に出て被告C川の車に乗り込み、被告C川らに原告の車が駐車している位置を教えた。その後、被告B野は、被告C川の車から降りて裁判所の建物の外側の駐車場の敷地を通って自分の運転してきた車に戻った。午後一時すぎころ、D原は口頭弁論に出席するために車を出て裁判所に入っていった。

被告A野はB原にプラスチック製の手袋及びその外側に布製の白手袋をはめさせ、さらに帽子、サングラス、白マスクを付けさせて、遠沈管に入った約三〇ミリリットルのサリンと使用済みの遠沈管を入れるためのビニール袋を渡した。午後一時一五分ころ、B原は、被告C川の車から出て、駐車場を通って、原告車両のところまで行った。B原は、車のナンバーを確認した後、ポケットに入れたサリン入りの遠沈管を取り出し、キャップを開け、車の運転席の斜め前に立ち、指示されたとおりにフロントガラス越しに車内をのぞき込むようなふりをした後、上半身をボンネットの上に乗り出すようにして、遠沈管を持った左手を伸ばし、左腕を外側にひねるようにして容器の中のサリンをワイパーの付け根付近に垂らした。その際、B原は顔をそむけることも息を止めることもしなかったため、サリンから白い煙が出るのを目撃するとともに鼻を刺激するような強い臭いを感じた。B原は、サリンを垂らし終わると、すぐにその場を立ち去り、遠沈管にキャップをしてビニール袋の中に入れ、あらかじめ打ち合わせてあった甲府地裁の隣にある公園の前で待っていると被告C川の車が来たので、それに乗り込んだ。

車が走り出すと被告A野は、身についている物を別のビニール袋の中に入れるように指示し、B原は、サリンの入っていた遠沈管や手袋、帽子、サングラス、マスク、上着などを入れた。その際、B原は、被告C川または被告A野からうまくいったかどうか聞かれ、サリンを車に垂らしたこと、刺激臭がしたこと、煙が出たことなどを話した。被告C川は、被告D原らとの待ち合わせ場所に車を止めた。そこで、B原は着替えをし、被告A野はB原にPAMを注射した。一方、被告D原は口頭弁論を終えて被告B野の運転する車に戻り、待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所で、被告C川と被告A野が被告D原の車に乗り込み、犯行後の原告の行動について、原告が喫茶店に入ってしまったかもしれないこと、当日の気温が高く、サリンが揮発してしまったかもしれないことを話し合った。被告D原の車は先にその場所を離れ、被告C川の車は甲府南インターで被告E原を待ったが、被告E原はA野から指示された時間を間違って聞いていたため、午前一一時ころから午後一時ころまで甲府南インターで待っていたものの被告C川及び被告A野と会うことはできず東京都内に戻った。B原は臭苦しさや目の前が暗くなることを感じ、目の前が薄暗い症状は三日くらい、気分の悪い状況は二日くらい続いた。

(五) 上九一色村に帰った後、被告D原、被告C川及び被告A野はA川に犯行の状況を報告に行った。右被告らは、犯行を実行した旨、しかし、原告がすぐに車に乗らなかった可能性がある旨、当日気温が高くサリンが揮発した可能性がある旨を報告した。その際にラーメンが振る舞われ、また、B原が呼ばれてB原にもラーメンが振る舞われた。その場でA川はB原をほめるような言動をした。被告A野は、B原の衣服などを焼却処分し、空の遠沈管及びサリン入りの遠沈管は苛性ソーダ液の中に入れて中和処理した。

(六) 原告は、甲府地裁での口頭弁論を終えた後、午後一時三〇分ころ車に乗り込み、長野県方面に立ち寄った後、午後六時ないし六時三〇分ころ、中央自動車道の相模湖インターチェンジの料金所を通過し、一般道に出るための道路を走っているとき、突然目の前が暗いことを感じた。そして、危険を避けるためギアをシフトダウンし、ヘッドライトをつけて運転していった。原告は、くも模下出血の前兆かもしれないと恐れながら、自宅まで、途中前をよく見るために体を前方に乗り出したりしながら車を運転していった。原告は、その日の夕食をとることもなく床につき、翌日の午前中も仕事を休み、五月一一日に脳ドックの検査を受けたが、異常はなかった。

(七) サリンは、化学兵器としても用いられる毒ガスであり、微量でも人を殺傷する能力がある。本件で用いられたサリンは、平成六年二月ころ生成されたもので、その純度は高く、同時に生成されたサリンは、長野県松本市において死者七名を出した事件に用いられている。

2  VX事件について

(一) 平成六年九月中旬ころ、被告C川は、D野からVXの製造に成功したという報告を受け、その旨A川に報告した。その後、A川は、被告C川とC田に対し、VXを意味する「神通」という言葉を使って、「滝本の車の取っ手に神通を塗ってこい。」と言い、原告の殺害を指示した。

(二) 被告C川は、D野のところに行ってVXを一五ミリリットル入りの遠沈管に入れてもらい、犯行前日の午後一一時ころから当日の午前零時ころまでの間に、被告A野、C田とともに上九一色村から原告宅に向けて出発した。そのころまでにC田は原告宅の下見をしており、C田が道案内をした。被告C川は、D野から受け取ったVXが液体であったため、原告の車の取っ手にどうやって塗るかについて他の二人と話し合った。原告宅の近くで被告A野が、VXをポマードで固めて塗ればよいという提案をし、被告C川とC田はこれに賛成した。ポマードを買いに行ったコンビニエンスストアでは、被告C川や被告A野が予想していたビン入りのものは販売されておらず、ゲル状のポマードとムースタイプのポマード、プラスチック製のコップやスプーンを買い、原告宅近くに戻った。原告宅近くで車を止めると、C田は、原告宅の下見に行き、原告の車があることを確認して戻ってきた。そこで、被告C川は、原告宅近くのイトーヨーカドーの敷地内の非常階段の下付近でプラスチック製コップの中にVXとポマードを入れて混ぜ合わせる作業をしたが、コップの底が抜けて失敗し、五〇ミリリットル入り遠沈管の中で混ぜ合わせる作業をした。その後、被告C川とC田は、原告宅まで移動し、C田が原告車両であるとして指示した自動車のドアの取っ手に、被告C川が、遠沈管の中の液体を塗ろうとした。被告C川は、遠沈管の中身をスプーンでかき出すようにして、ドアの取っ手の付近に塗りつけようとしたが、中身が完全に混じっておらず、ドアの取っ手付近は、ポマードがゴテゴテとたれるように付着した不自然な状態であった。そこで、被告C川は、このままでは大騒ぎになると思い、持っていたペーパータオルでドアの取っ手を拭き、外見上は何の変化もないようにしておいた。被告C川とC田は車に戻り、C田が運転して上九一色村に帰った。

(三) 上九一色村で被告C川、被告A野、C田はA川に対して報告に行き、ポマードに混ぜて塗ろうとしたところうまくいかなかった旨を報告した。するとA川は塗り方を考えずに行動したことに対して激怒した。

(四) その後、A川は、被告C川やD野に対し、どのようにしたらVXをうまく車のドアに塗ることができるか研究するように指示し、また、被告C川に対し、D野から新しくできたVXをもらって実際に車のドアに塗って実験するように指示した。同月下旬ころ、被告C川が実験したところ、今度はVXは粘着性のある状態で、うまく塗ることができた。

(五) 同年一〇月中旬ころ、被告D川は、A川から、原告の車にVXを付けてポアするように指示され、被告A野と共に、VXをもって富士山総本部から東京都内の当時被告D川が使用していたアジトに向かった。その途中、上九一色村でA川に会い、A川から「しっかりやってこい」といわれた。被告D川と被告A野は、右アジトでVXを小分けし、E山の運転で原告宅に向かった。被告D川らが車で原告宅の前を通ると、原告宅の警戒をしていると思われる者がいたため、被告D川らは、実行をあきらめた。その後、被告D川らは、原告の事務所に向かったが、ここでも、実行はされなかった。

(一) 原告は、平成六年九月ころ、いつも自動車を運転するときに付けている革手袋で自動車のドアを扱ったところ、革手袋が油様のもので汚れ、その手袋は結局捨ててしまったことがあり、また、平成七年ころ、原告の車のドアの付近が少し変色して液体が垂れたようになっていることに気づいたことがあった。

(七) VXは、サリンと同様に化学兵器にも用いられる毒ガスであって、毒性はサリンよりも強く、ごく微量で人を死に至らしめる。本件で用いられたVXは教団内での生成が始まったころのものであり、純度は不明であるが、平成七年一月には、オウム真理教被害者の会の会長に対し、VXが噴霧され、同人が中毒となる事件が生じている。

3  ボツリヌス事件について

(一) 平成六年一〇月末ころ、信者であったD田竹子(以下「D田」という。)が教団を離れ、原告がD田の代理人として、内容証明郵便により、オウム真理教に対し、同人の子を引き渡すように求めた。被告D原がA川にそのことを報告に行ったとき、被告E原も同席していたが、被告C川が呼ばれ、A川は被告C川に対し「毒素持っているか」などと言い、ボツリヌス菌等の毒物の効果などについてC川と話をした。その中でA川は、ボツリヌス菌を大量に飲ませた場合に、その者の身体に悪影響が現れるかどうかを被告C川に尋ね、被告C川は、ボツリヌス菌そのものには毒性がないことを書物等で知っていたが、大量に飲ませた場合に何らかの効果が現れるかもしれないと考え、わからない旨答えた。すると、A川は、被告C川に対し、ボツリヌス菌を用意するように指示し、被告C川はそれに応じて、蜂蜜から分離しておいたボツリヌス菌の培養を行った。被告C川が、A川にボツリヌス菌の培養が完了する見込みであることを報告に行くと、A川は、これを被告E原に渡すように指示した。このときまでに、A川は、被告D原、被告C川及び被告E原に対し、原告にボツリヌス菌を摂取させて殺害することを指示していた。

(二) 同年一一月二日ころ、B原はA川に呼ばれ、「頼みたい仕事がある。君なら安心だからやってくれ」と言われた。同月三日ころ、被告D原、被告E原、B原及びA山が集まり、被告D原や被告E原から、D田が子供を返すように教団に要求しており、翌日に旅館でそのことについて話し合いがあること、話し合いをしているときに皆にジュースを出し、その一つのコップの中に薬を入れて弁護士に出すこと、弁護士にジュースを出す給仕をB原が行うことなどの話があった。また、ジュースを注いだコップを持って行くよりはジュースの缶を持っていってその場で開けた方が怪しまれないこと、D田とB原は顔見知りであるがわからないように化粧や変装をすること、B原がジュースを出すタイミングについては、旅館の内線電話が部屋同士直接話し合えるものであるかどうか分からないため、あらかじめ決まった時間を打ち合わせ、被告E原がジュースを注文するふりをした後少ししてB原が現れるようにすることなどが話し合われ、使用するコップや盆が選ばれた。

(三) 同月四日、B原は、届けられた変装用の服を着てA山とともにCMI棟に向かった。また、C川は、CMI棟でボツリヌス菌を準備し、一ないし二ミリリットルの菌液を生理食塩水に浮遊させ、被告E原に渡した。被告D原と被告E原は静岡県富士宮市内の旅館小川(以下「旅館小川」という。)に向かい、原告らと会う予定となっていた部屋に入った。また、B原とA山はボツリヌス菌や缶ジュースの入ったクーラーボックスを持って被告D原らとは別に旅館小川に向かい、別の部屋に入った。原告は、D田とその親族など合わせて四名で旅館小川に到着し、通された部屋で被告D原と交渉を始めた。交渉を始めた後、被告E原が飲み物を注文するふりをした。B原は、A山から予定の時刻であることを指示され、持ってきた盆の上に出席者が四名であると考えられていたことから四個用意されていたコップを並べ、盆の花柄の上に置いたコップに、ボツリヌス菌の液を二滴ほど垂らし、ジュースの缶も盆の上に置いた。B原が原告と被告D原らが交渉している部屋に入ると出席者が六名おり、E原が身振りでどの人物が原告であるかをB原に伝えた。B原は、コップが足りないのでまごついたが、被告E原が自分たちはいらないと言い、原告も自分でやると言ったが、B原は、ジュースの缶を開けてコップに注ぎ、盆の花柄の場所においたコップを原告の前に出し、その他のコップをD田らの前に置いてその部屋から退出した。原告は、コップが薄汚れているのに気づいたが、出されたジュースを飲んだ。それ場では結局話し合いは付かず、場所を変えて交渉した結果、その夜になりD田の子供は引き渡された。その後、原告の体に異常は生じなかった。A川は、同月六日ころ、被告D川に対し、右事件の主な内容を説明し、原告の身体に何らの影響が起きていないか調査するように指示した。被告D川は、信者のE野八郎に指示して、原告の事務所に電話をさせることによって原告の身体の異常を探ろうとした。何度か電話をしても、原告には異常がないようであり、被告D川がA川にそのことを伝えると、A川は「いつになったら夢がかなうのだろう」などと言った。

(四) ボツリヌス菌は、菌自体に病原性はないが、食中毒の原因となる菌体外毒素を産出する。この毒素の毒性は強く、青酸カリの一〇〇万培の強さがあるといわれる。

四  請求原因五について

(一)  原告は、右に述べた行為により、1の場合については具体的な症状が現れ、その他の場合にも犯行の事実を知って多大な精神的苦痛を被った。

(二)  また、原告は、オウム真理教が対立する者に対し様々な方法による襲撃・殺害を企て、その一部が成功していることを知り、自分の身や周辺の者にも危険が迫っていることを感じた。平成六年一〇月ころから、原告の自宅と事務所について警察官による二四時間の警備が行われ、また、平成七年四月ころには、子供のうち二人を山村留学させ、また、妻と他の子供を自宅と離れたマンションに転居させた。また、原告は、事務員の安全などのため同年三月から五月にかけて、二度にわたり事務所を閉鎖した。原告は、平成六年一〇月ころから、平成七年六月ころまで、一人で行動することを避け、防犯ブザーや防弾チョッキなど様々な道具を用意していた。また、原告は、自分の自動車が証拠品となる刑事裁判が終わるまで還付されることはないと分かったため、結局廃車にせざるを得なくなったり、捜査協力のために出頭したり、刑事の法廷で証言したりした。これらにより、原告は相当の精神的苦痛を負った。

第二右認定に反する被告らの主張について

一  被告D原の主張について

1  被告D原は、A川及び被告D原には、サリン事件について、原告を殺害する故意はなかった旨主張する。

(一) 被告D原は、A川から「原告の車に魔法をかける」といった趣旨の話は聞いたが、被告D原は、魔法という言葉がサリンを指すことの認識がなく、それによって、原告の身体に何らかの危険が及ぶとは考えていなかったとか、本件はB野を試すための修行で結果が出ないこと(マハー・ムドラー)を被告D原もA川も知っていたとか主張し、《証拠省略》には、それに沿う内容がある。

(二) しかし、被告A野や被告C川は、A川の「魔法を使う」という指示に従ってサリンを用意し、それについてA川が何らかの疑問を呈した形跡が見あたらないことから見て、当時、A川、被告C川、被告A野の間では「魔法」という言葉がサリンを意味することは了解されていたことが認められ、A川は、毒ガスであるサリンを原告に吸入させる意思を有していたことは明らかであり、A川には原告殺害の故意があったと認められる。また、被告D原は、《証拠省略》において、A川との間で本件がB野の修行のためのもので、結果の出ないものであることを話し合ったと供述するが、この点を裏付ける証拠はなく、右認定のようにA川が原告殺害の故意を有していたこと、猛毒であるサリンを使用していることを考えると、この供述は信用しがたい。

さらに、被告D原は、いくつかの事情から、本件が成功する現実性に乏しいにもかかわらず、その点について被告D原が問題としていないのは、被告D原が原告殺害の故意を持っていなかったからであると主張する。たとえば、①一時一五分という時刻を犯行時刻とするよりは、原告が自動車に乗り込む直前にすべきであったこと、③原告の車の停車位置やB原の服装からしてB原の行為を目撃され、本件が発覚する可能性が高かったこと、③B野に裁判所の事務室にまで行って裁判の予定を聞きに行かせたこと等の事情である。しかし、①の点については、サリンが揮発しやすいものであることにつき被告らが犯行計画時に十分注意を払ったかどうかは疑わしく、原告が自動車に乗る直前に垂らす必要があることを被告D原は認識していたかどうか不明であるから、被告D原が一時一五分の直後に原告が車に乗らない可能性があることを指摘しなかったとしても不自然ではないし、②の点については、たとえB原の行為が目撃されたとしても、それがオウム真理教の犯行であることが分からなければ被告らの目的は達成されるのであり、B原の行為の目撃の可能性の点に注意を払わなかったとしても格別不自然ではないし、③の点については、《証拠省略》によっても、被告D原は被告B野に裁判の予定を調べるふりをしながら裁判所の裏側に行くように指示したことしか認められず、被告D原が被告B野に裁判の予定を裁判所の事務室等に行って尋ねるように指示したことまで認められるのではないから、被告D原は掲示板や受付等の事件の一覧表を見るふりをする意図で右のように指示したところ、裁判所に不慣れな被告B野がそのようなものの存在を知らずに、裁判所職員に裁判の予定を聞こうとして裁判所の中を歩き回ってしまった可能性も十分ある。このように、被告D原が本件に現実性が乏しいことの根拠として主張する点は、いずれも、合理的な説明が可能であって、本件が現実性のないものであることの根拠とまでいえるものではなく、被告D原主張のような事情があっても被告D原の原告殺害の故意を疑わせるものではない。

却って、D原が本件について、前認定のように本件の実行方法などについてかなり細かい点についての打ち合わせにまで参加していることを考えれば、「魔法」という言葉がサリンを意味するものであること及びサリンが強い毒性を持つものであることの認識があったと認められる。したがって、被告D原は、原告の車にサリンを垂らすことの認識があったというべきであり、被告D原には、本件において原告を殺害する故意があったといえる。

2  また、被告D原は、ボツリヌス事件について、原告を殺害する故意はなかったと主張する。

この点につき、被告D原は、《証拠省略》において、A川との間で本件が被告E原とA山を試すためのもので結果の出ないものであることを確認し合ったのであり、原告を殺害する故意はなかったと述べる。

しかし、この点もまた裏付ける証拠はなく、後述するようにボツリヌス菌を飲ませることがおよそ殺人の実行行為ではないとまでは言い切れないこと、前認定のようにA川が実行者とは関係ない被告D川に対し、結果が発生したか否かを調査させていることを考え合わせれば、A川が本件について結果の出ないものであると認識していたとはいえないから、右供述は採用できない。却って、被告D原は《証拠省略》においてA川が原告に何か危険な液体を飲ませると言ったことを認識している旨供述していること、A川が被告C川にボツリヌス菌の培養を指示した席に被告D原も同席していたことからすれば、被告D原には本件についても原告殺害の故意があったと認められる。

二  被告B野の主張について

被告B野は、被告B野がサリン事件について、原告を殺害する謀議をしたことを否認し、《証拠省略》などにおいてA川が原告に「魔法を使う」という趣旨の発言をしたことはあるが、「魔法」とはLSDのことであると考えていた旨供述する。しかし、被告B野は、同時にA川から「原告をポアする」という趣旨の発言があったこと、ポアとは殺害することを意味することを知っていたことも供述している。また、《証拠省略》によれば、被告B野自身LSDを試しておりそれによって意識を失っていること及び原告の自動車に「魔法」を使うことを聞かされたことが認められるが、原告の車にLSDをふりかければ、原告が自動車を運転中に意識を失うおそれがあり、運転操作の誤りにより事故を起こして死亡する危険性は一般的に見て決して低いものではなく、かつ、被告B野においてその危険性を容易に想定できるところである。したがって、仮に被告B野において「魔法」がサリンであることの認識がなかったとしても、A川が自分に対し、何らかの薬物を原告の車にまいて原告を殺害することの指示があったことを認識していたというべきであって、被告B野は、原告を殺害することを共謀し、かつ、その実行のため甲府地裁に赴く等したことは明らかである。よって、右被告B野の主張は失当である。

第三右第一認定の事実をもとに判断する。

一  被告らの行為が不法行為を構成するか

1  サリン事件について

右第一の三の1認定の事実によれば、サリン事件は、A川、被告D原、被告C川、被告A野及び被告B野が、原告を殺害することを共謀し、B原がサリンを原告の車に垂らすという実行行為を行い、その結果、原告に目の前が暗くなるなどの症状を引き起こした不法行為であるといえる。

なお、被告D原は、原告に生じた症状について、サリンによるものかどうか判然としない旨主張するが、前認定のようにサリンはごく少量で症状をひき起こす毒物であること、B原にサリンによるものと思われる症状が出ていること、《証拠省略》によれば自動車の車内は完全な密閉状態になるわけではないこと、原告に起きた症状がサリンの症状して典型的に現れる目の前が暗くなるというものであり、それについて他に原因となるべきものが容易に見あたらないことが認められることを考え合わせれば、原告の症状は、B原が垂らしたサリンによるものと認めるのが相当である。

2  VX事件について

右第一の三の2認定の事実によれば、VX事件は、A川、C田、被告C川及び被告A野が、原告を殺害することを共謀し、平成六年九月中旬ころ、被告A野が原告の車のドアの取っ手にポマードに混ぜたVXを塗った後で拭きとるという行為を行ったが原告に結果は発生せず、また、同年一〇月には、被告D川も共謀に加わり、同被告、被告A野らが原告宅に向かったが実行できず、いずれも原告殺害が未遂に終わった不法行為であるといえるが、なお、被告A野は、直接A川から犯行を指示されてはいないが、右第一の三の2認定の事実によれば、原告宅に向かう車中で被告C川やC田との間で原告車両のドアの取っ手にVXを塗りつける方法について話し合ったときまでにVXによる原告殺害について了解したものというべきであり、共謀が認められる。

九月の事件の際に塗られたVXは拭きとられているが、VXが微量でも人間の身体に影響のある毒物であることを考えれば原告の身体に何らかの影響が及ぶことは十分考えられ、殺人の実行行為としての危険性は十分に認められる。また、一〇月の事件の際は、被告D川、被告A野らは実行に至っていないが、VXを原告車両等に付着させる意思を持ってVXを持参して原告宅に近づくことは、原告に恐怖感を与えるに十分な行為であり、不法行為を構成する。また、本件で用いられたVXの殺傷能力については、本件の約三か月後に、教団が生成したVXにより中毒になった被害者が出ていることから見て、相当の殺傷能力があったものと見られる。

3  ボツリヌス事件について

右第一の三の3認定の事実によれば、ボツリヌス事件は、A川、被告D原、被告C川及び被告E原が、原告を殺害することを共謀し、B原をしてボツリヌス菌を垂らしたコップにジュースを注いで原告の前に置かせ、原告に飲ませたという不法行為であるといえる。

この点、被告D原及び被告E原は、本件で用いられたものがボツリヌス菌であるかどうか判然としないし、ボツリヌス菌そのものを体内に入れても危険性はなく、本件はそもそも殺人の実行行為といえない旨主張する。たしかに、前認定のように、ボツリヌス菌そのものには毒性がなく、毒性を有するのは、ボツリヌス菌の産生する毒素である。

しかし、被告C川は、蜂蜜から分離したボツリヌス菌を培養したと供述しているのであり、特段の事情のない限りボツリヌス菌が培養されたと考えるべきであるし、ボツリヌス菌の産生する毒素が猛毒を持つものであること、培養されたボツリヌス菌を体内に摂取した場合産生された毒素が混入している可能性が全くないとはいえないこと、原告の使用するコップに入れたボツリヌス菌が大量であることを考えれば、本件の行為が殺人の実行行為性が認められないほど危険性のないものであるとはいうことはできず、右被告らの主張には理由がない。

二  被告らの責任

1  原告は、本件被告らに、本件すべての不法行為の責任を負わせるべきであると主張する。しかし、本件全証拠によっても、本件のすべての事件について被告ら全員の間で謀議が成立していたとは認められないのであり、また、本件の各事件については、A川を中心としながらも、事件毎に異なる被告らとの間で謀議がなされ、犯行の日時、場所及び態様がいずれも異なることから、これらを一個の行為として包括して評価することはできず、その他被告らが自己が関与した以外の行為を含む本件の全ての不法行為について責任を負うべき理由は見あたらない。よって、被告らが関与した事件ごとにその責任を検討する必要がある。

各被告ごとに関与した事件を検討すると、被告D原は、サリン事件及びボツリヌス事件に関与し、被告B野は、サリン事件にのみ関与している。また、被告A野はサリン事件と二回のVX事件に関与し、被告C川は、サリン事件、九月のVX事件、ボツリヌス事件に関与している。被告D川は、一〇月のVX事件に関与し、被告E原は、ボツリヌス事件に関与している(被告E原のサリン事件に関する関与は、被告E原に原告の殺害の故意が全く認められないので不法行為とはならない。)。

2  被告らの行為は、原告らがオウム真理教により被害を受けた者のため、弁護士として正当な法的活動を行ったことに対する妨害のため、原告の殺害を謀議し、かつ、その実行行為まで行ったものであり、原告に対する関係のみならずわが国の司法制度に対する関係においても極めて悪質な行為である。しかも、右第一の四で認定した事実によれば、原告は、本件各不法行為により、自分の身に危険を感じ、危険を防ぐために様々な対応をとったこと、また、事務所の閉鎖、警察官による警備などにより、業務上もさまざまな不利益を被ったことが認められる。これにより、原告は、多大な精神的損害を被ったことは明らかであり、各行為の悪質性、各事件の危険性の大小及び各被告の関与の程度をも鑑みれば、原告について生じた損害を金銭的に評価すれば、被告D原、被告B野、被告A野及び被告C川において各二〇〇〇万円をもって、被告D川において八〇〇万円をもって、被告E原において五〇〇万円をもって慰謝するのが相当であると認められる。

第四結論

よって、原告の請求は、被告D原、被告B野、被告A野及び被告C川に対し各二〇〇〇万円(同被告らの不真正連帯債務として)、被告D川に対し八〇〇万円(同被告並びに被告A野及び被告C川の不真正連帯債務として)、被告E原に対し五〇〇万円(同被告並びに被告D原及び被告C川の不真正連帯債務として)及びこれらに対する最終の不法行為日である平成六年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の請求を認める限度で理由があるからこれを認容し、その余については理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条ただし書、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南敏文 裁判官 須賀康太郎 裁判官森髙重久は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 南敏文)

<以下省略>

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